穂高人形・御船祭

バックナンバー3号
バックナンバー4号
バックナンバー5号
バックナンバー6号

(第9号)平成16年12月10日
発行 穂高人形・御船祭保存会

飛騨高山文化財を訪れて
 本年度総会において活動計画として承認された研修旅行が七月七日(土)に実施されました。
 この研修旅行は当保存会が穂高人形・御船祭が県無形民俗文化財の選択より指定を目指すために、他の多くの優れた文化財を学び、参考とする事から決定されました。
 今回は隣県の高山市にて春秋の高山祭に引き出される屋台を見学に行きました。当日は役員、人形師、後継者、また会員十七名が参加しました。前日の雨も上がりましたが、厚い雲の立ちこめる中穂高神社を出発したバスは安房トンネルを抜け高山市に入ると、天気も良くなり見学日よりとなりました。
 高山市街地の東の山を背にした所に鎮座する櫻山八幡宮に正式参拝をしました。参拝後はこの神社の高山舞台会館に入館見学しました。ここには高山祭に曳き出される屋台が展示されますが、現在市内には二三台が現存し案内に依りますと年三回展示の入れ換えを行うとのことですが、四台の屋台が館内には展示され、祭装束に身を包んだ人形が祭の引き回し道中を再現しており、中には布袋台というからくり人形を乗せたものなど、飛騨の匠の技が生かされた素晴らしい屋台など、穂高の御船の素朴さとはまた違う美しさがそこには有りました。また隣の櫻山日光館も見学し、日光東照宮模型の精巧な造形、細かさに一同に驚きの声も出ました。そして神社前の通りは古い町並み風になっており、高山の雰囲気を盛り上げている所があり、町全体で協力しているようでした。
 昼には飛騨高山まつりの森「高山まつりミュージアム」にて食事を取り、現代工芸にて作られた屋台を見学しました。
 今回は初めての研修旅行の実施であり、参加者が少なく残念でありました。次回は募集方法や見学地決定など検討し、より多くの参加者が集まる方向として参りますので会員の皆様のご協力をお願いします。
 
研修をふりかえって
 穂高人形制作後継者としての目的をもって毎月日程を決めて研修を行ってきた人々に今回は感想を聞いてみました。

人形教室に思うこと

小平教室

 たかが人形されど人形、奥深い造形物である。昔は木偶と呼ばれていたが、今では人形と言われ、制作している師匠を人は人形師と呼んでいる。その師匠に従事して数年一体何をしてきたのだろうか。手足一つ作る事もできない。「いやそんなもの簡単に作れるわ」、と軽く思っていた。いざ人形教室に入り、師匠から手、足、胴、頭、動物、甲冑、武具等の作り方の手解きを受け、いかに難しいか、手一つとっても指の先は関節、甲、又物を持つ手、開いている手、手首の曲がり等々。一組の手を作れるまでにどの位時間を費やしたことか。人形教室が開かれて早くも三年経過したけれど、私達小平教室は九月十月は現場実習となるためこれまでの開講は十ヶ月間となる。十ヶ月間と聞けば長いが実際は日曜日のみの開講であり又それぞれの都合により休講もあるので実質一年と三十日間前後である。なので作っても物がなかなか身に付かない、前に進まない、それでも仲間の力を出し合って胴、手、足、等五体分、馬牛各一頭の形が出てきた。全員が要として進まぬ能力にあせっているが、今は目標に向かって一足一足着実に進んでいることは事実である。
 私達の師匠である小平さんは、各地で行われる秋祭りに人形飾りの要請を受けているので講習を受けている我々も飾り付けの実習に出かけ、各地の御船の作り方の違い、飾り付けの違い等々の技術を身につけている。年間最後の人形飾りは、松本城のお城祭りに合わせての城内の飾りである。場面は松本城にまつわる物で市史学者間で決められた場面で、ちなみに本年の場面は「松平直政と銭座」松本領の銭を造っている場面であった。飾り物の片付けに行った時のことである。お城関係者、市史学者の方々がわざわざ出向いて来てお礼を言われた事に喜びを感じ、これを励みに、一同教室での受講に邁進しようと今日も受講している。


躍動する動物の制作を手がけて

牛流教室研修生

 研修館では、三人の人形師さんが毎月数回の研修会を開いて後継者の育成にと人形の頭や手・足・鎧・そして動物などを作っている。お祭りや文化祭が近づくと、忙しくなり研修会の回数も多くなってくる。
 牛流教室では、今年はお祭りの御船に馬を飾る目的で一頭の馬を作り始めた。骨組みを始めた頃はどうなるものかと半信半疑で手伝っていたが、なかなか難しいものである。胴の太さに対しての首の長さ太さ、疾走中の足の長さと位置などに大変苦労をしたが骨格のできた馬を見て良くできたものだと感激をした。
 しかしこれからが大変であった。馬の肌が滑らかになるように新聞紙・フラスト紙や和紙を五重に貼ったが、小さく切った紙を馬全体に貼るのは並大抵ではない。会員の中に後継者となる嶌田重穂君と高橋秀治君がいて一生懸命に作ってくれたのが大きな成果であった。あとは色塗りであるが、出来上がった馬を見て会員は皆良くできたと感激して見ていた。今後まだ修正する課題もあり良い勉強になった。
 町の文化祭が十月二十九日から三十一日まで行われ、展示三年目の今回は人形の衣装を見てもらうことを目的とした。衣装は特別な生地で東京まで購入に行き、人形と鎧の色や柄と合った生地を数多い中から選び、人形一体分で約六メートル位二万円から二万五千円の金額となった。六体分購入したが仕立てでは男性では針を使うことが苦手なので、嶌田重穂君の母親にお願いして仕立てることが出来た。
 文化祭で衣装に触って見た人は「すばらしい生地ですね」「良い生地を使わなくては立派な人形は出来ないですね」などと感心して見ていく人もあり良い展示会であったと思う。
 毎月各教室において数回の研修が行われ新しい人形などが出来つつあるが、昔からの伝統的な古い人形や動物等もあるのでこれらの補修の研修も合わせて行い後世に残すことも大切なことであると思った。

 


保存会の活動をふりかえって

保尊教室 矢口義盛

 研修館が出来穂高人形の制作教室が始まって早三年が過ぎようとしている。
 今回の活動を振り返ってみると、前半は去年から引き続いて鎧や兜の制作研修を行い後半は御船祭りに向けての人形制作の傍ら、諏訪の御柱祭に奉納される人形飾り物を行うために研修したことが思い出に残る。諏訪市八剣神社の氏子で湯小路地区の人達は御柱祭が行われる年には毎回保尊人形師に依頼し飾り物を展示しているもので今回で三回目となる。保尊先生からは「今回は『巌流島の宮本武蔵と佐々木小次郎対決』の場面を飾るので手伝ってほしい」ということから、研修を兼ねて手伝わせてもらうことができた。先生の作った人形は場面や動作に応じた顔の表情を豊かに表していることやその構図が出来ているのでわかりやすいと思った。
 文化祭では今年で三回目を迎えることから少し場所を変えて観覧席の入口付近に小野道風を展示した。
 これから保尊教室では毎年暮れが迫ると翌年の干支にちなんだ飾り物を御船会館入口と穂高駅構内の一角に展示する目的で研修を行っていく予定である。
 四月から研修館を使って十四回の教室を開き、集まって人形作りの練習を行ってきている中で、若い人達に引き継いでもらうために、興味のもたせ方をどのようにやっていくべきか、又女性の人達にも仲間になってもらうことも視野に入れながら話をして後進に繋げていけるようにしていきたい。
 一つ一つ手がけた教材を仕上げて次の教材に取り付いていこうと努力しているところだ。

無事終了した御船祭り
今年の御船祭りは子供祭り九月五日・例大祭二十七日に行われたが、去る八月中に境内を特殊コンクリートによる土舗装にしたことから、例年までのように御船の移動や回転に大勢の力を合わせてもち回すことなく、神楽殿の周りを曳行することが出来るようになった。しかし例大祭の大人船のぶつけ合いには勢いがついてブレーキが利かず観客側への突入など危険性が叫ばれたが、関係者の綿密な事前打ち合わせに加えて神社からは八人の警備員を境内各所に配備し、安全に終了することが出来た。御船祭りを見に来た人達は、力強い御船のぶつかり合いに「力を入れ過ぎるとどこへ行くか分からないから危ないけどみんな気を付けてやってるね。」「今年はスピードついてかえって迫力があるね。」と感激しながら眺めていた。
 
伝統文化の継承に再びあたたかい支援
 昨年度より支援を受けている文化庁からの地域伝統文化伝承事業通称「ふるさと文化再興事業」の本年度二年次の委嘱が、去る七月十六日付けで文化庁文化財部長から県教委経由で安曇野地域ふるさと文化再興事業実行委員会(委員長浅川秀明)へ届いた。本年度は、同実行委員会受け皿となって当保存会を含めた南安曇郡内にある伝統文化保存団体が七百万円を所属、八団体で分配して受けることになり、うち七十万円を当保存会が委嘱されることとなった。
 これを受けて保存会では新たな人形・御船制作研修の場に利用するべく検討中である。小平・牛流・保尊三教室の人形師後継者らは「今までいろんな教材を廃物利用しながら工夫して制作してきた。のでこれからは助かる」と意欲を燃やしている。

戻る