|
日頃ご参拝の折、境内を見渡すと神社ならではの建築物や、いくつものお社が祀られていることにお気づきになると思います。今号より境内をより美しく、より興味深くご覧頂けるよう境内社をはじめ、神社建造物を順にご案内してまいります。第一回は、境内北側に十社連立する摂末社の中で最も大きなお社で、川端康成、井上靖、東山魁夷といった文豪、画壇の巨匠が絶賛し、樹齢五百年を越えた今尚鬱蒼と青葉繁らす欅の巨木の東に鎮座する若宮社と、神社参拝の前に身をお清めするための手水の取り方をご紹介します。
若宮社
創建年月は不詳。古くは御遷る宮毎に造営されてきましたが、現在は随時造り替えられます。現在の社殿は明治二年の御遷宮の折、右殿として造営されたものを昭和二十一年五月の御遷宮に移転、改修されました。
御祭神の安曇野比羅夫命は天智元年(六六二)、天智天皇の命を受け船師一七〇艘を率い、百済の王子豊璋を百済に護送、救援し王位に即位させました。が、天智二年新羅、唐の連合軍と戦い、白村江(現 朝鮮半島の錦江)にて八月申戌二十七日に戦死。当社の例祭日、九月二十七日の由来であり、阿曇氏の英雄として祀られ、英知の神と称えられています。
相殿
(同じ社に二柱以上の神様を合祀すること)
ものぐさ太郎の名で有名な信濃中将が祀られています。
昔、そのものぐさぶりに感心した時の地頭が、里人に太郎を養うように命じました。その後、太郎に夫役が割り当てられ上京。太郎は京にて才能を発揮し、文徳天皇より信濃・甲斐の国司を任ぜられ、穂高神社を造営したと伝えられています。百二十の春秋を過ごし、延命長寿、財宝沢山、幸福自在の神として称えられています。
手水の作法
一、 柄杓を右手に持ち水を汲みます。
二、 水を左手にかけ洗います。
三、 柄杓を左手に持ち替え、右手を洗います。
四、 再び右手に持ち替え、手のひらに水を溜め口を漱ぎます。
五、 柄杓をまっすぎに立て、残った水が柄をつたう要領で柄の部分を洗い元の場所へ返します。
手水とは御神前に進む前に罪や穢れを洗い清めるための大切な儀式です。又、当神社の手水舎の水は安曇の名水の一つに挙げられています。御参拝の折には是非手水を励行し、心身ともに清々しくお参りをしましょう。 |