亜海都美
神社だより(平成15年12月1日号)

神降地  奥穂高岳へ

 七月二十二日、二十三日、二十四日、式年遷宮最後の行事である「峯宮登拝」が行われました。
 峯宮は奥穂高岳(三一九〇メートル)の頂に鎮座します、当社の主祭神 穂高見神が天降ったと伝えられている地です。神社職員、穂高町内外からの参加者あわせて三十四名での登拝となりました。
 初日は雲ひとつない好天に恵まれ、まず奥宮にて正式参拝、横尾を経由し、涸沢ヒュッテへ。上高地バスターミナルより約八時間の行程を終えました。
 二日目。いよいよ奥穂高へ。明け方より雨模様でしたが、全員朝食を済ませ出発。大雪渓の中一行は、難所を越え峯宮へと歩みを進めました。奥穂高への最後の拠点である穂高岳山荘に到着した時点でいよいよ雨は本降りとなり、これ以上の前進は難しいかと思われましたが、ここまで来たのだから、と参加者の総意もあり決行することとなりました。七年ぶりの峯宮の小さな石作りの社は、風雨をものともせず真っ直ぐと建っておりました。雨と風の中神職によって声高らかに祝詞が奏上され、各関係者・参加者の玉串奉奠を終え、無事祭典が斎行されました。下山の際、足を滑らせて怪我をしてしまった参加者が一人出てしまいましたが、大事には至らず他の参加者は無事涸沢ヒュッテへと下り、オーナーの小林銀一様より心づくしのおもてなしを頂き、一日を振り返り楽しい一時を過ごさせて頂きました。
 三日目は天候に恵まれ、各自昨日の疲れが残ってか多少重い足を引きずりつつも無事下山し、穂高神社にて解散となりました。
 参加者一同峯宮参拝をすることができたという喜びを感じつつも、あらためて山の厳しさ恐ろしさを知ることとなった登拝でありました。
 

感謝と祈り
−穂高神社御分霊を祀って−
南極大陸の赴いて・・・・・下枝宣史

 日本南極地域観測隊は現在まで四十四年次にわたり、南極大陸沿岸の昭和基地にて越冬観測を続けております。私は第四十三次越冬隊医療隊員として、南極地域での一年三ヶ月にわたる任務を完了し、平成十五年三月に帰国いたしました。この間に、南極の内陸観測拠点に、感謝と祈りの気持ちを込めて穂高見命御分霊をお祀りさせていただきましたので、この紙面をお借りしてご報告いたします。
 私の先祖が麻績の出身と伝え聴かされておりましたこともあり、厳しくも美しい自然に抱かれた長野の地には憧れがあり、医学生時代から幾度も安曇野を訪れては、山岳の地にあって海人族の遺した海や船に因む地名と文化に感銘を受けておりました。病院勤務医となってより久しく訪れる機会もございませんでしたが、平成十三年初春、乗鞍岳にて南極観測隊員候補者のための冬期訓練に参加いたしました折り、安曇野の思い出が懐かしく甦りました。海人族により奉祀され、奥穂高岳に降臨された穂高見命を主祭神に頂くと聞きます穂高神社にて、南極往還航海の安全、雪と氷に閉ざされた南極内陸高地における任務の成功、そして日本に遺す家族の無事を祈願したいと思い立ち、出国を数ヶ月後に控えたその年の夏、上條神職さんに御祓いをして頂き、お守りと御分霊を拝領いたしました。
 同年、十二月、私は海上自衛隊砕氷船「しらせ」船上の人となって降りました。船室に作り付けの書机の神棚に、御分霊を大切にお祀りしておりました往路、南極海の爆風圏は例年にない厳しさで、片舷五十三度という稀に見る大揺れに見舞われながらも、隊員に大きな怪我もなく無事に通過し、十二月二十三日に南極地域へ到着いたしました。
 昭和基地は、南極大陸沿岸から幅四キロメートルの海峡を隔てた東オングル島に建っています。一年間の越冬活動の前半は、基地医務室にて越冬隊員たちの健康管理や傷病治療に携わる傍ら、基地棟屋の改良・増築工事や観測業務の手伝いに励みました。もとより、折り紙付きの健康成人男性ばかり四十名からなる隊ですので、医師としての出番はそう多いものではありません。日常業務の多くは、建設重機による除雪や手づからの建築作業、大陸沿岸地域野外旅行に同行しての観測調査実務など、本来の専門分野を離れた興味深い体験の連続となりました。御分霊は自室書棚にお祀りし、私の多忙かつ充実した毎日を静かに御見護り下さっていることを有り難く感じておりました。
 平成十四年十月、半年余り過ごした昭和基地をあとに、凍結した海峡の氷上を渡り、私を含む十一名よりなる内陸旅行隊が出発いたしました。大型雪上車五台がそれぞれ、物資を満載した七〜八台の橇を一列に繁げて牽引します。前車縦列走行では、三百メートル以上に及び、連なる大キャラバンです。南極の十月は初春に当たるとは言え、マイナス五十度におよぶ冷機が唸りを上げて吹きすさぶ広大な雪原を、わずか時速七キロメートル、標高三千八百メートルの内陸高地に無人のまま凍りついている「ドームふじ観測拠点」。度重なる雪上車の故障、橇の荷崩れなどに苦しめられながら、果てしなく思える道なき暖斜面を毎日十時間以上登高し続けた三週間余りを経て、ようやく到着した観測拠点の建物は、屋根まですっかり雪に埋まっていました。
 そこでは、太古から降り積もった深さ2千メートル以上の雪を掘削し、雪粒の隙間に閉じこめられている数十万年前の空気を採り出して地球環境の変遷を探るという壮大な研究活動が、五年前まで行われていました。一時中断されていたこの研究を、最新型の掘削装置によって再開するため、五年間凍結していたこの観測拠点を再整備し、新掘削場を建設することが私たちの任務でした。
 到着初日から、拠点棟屋の入り口を掘り出す作業を開始。冬にはマイナス八十度にもなる極寒の環境で凍りついた発電用エンジンを、軽油ヒーターを使い、三日がかりで暖め直し、運転再開。五年ぶりに灯のともった拠点内部を一週間で整備清掃して、再び人の住める環境にまでこぎ着けました。
 以後二ヶ月間、この観測拠点で自給自足の生活を送りながら、新掘削場の建設に従事しました。硬く締まった雪面を測量し、特殊重機を駆使して、幅・深さ四メートル、長さ三十メートルの大きな横溝(ピット)を掘り抜きます。厳寒の中、シャベルによる手作業で更に雪壁を削り、設計図面通り精密に仕上げたピットの上には、はるばる日本から運んできた鉄骨が人力で組み上げられ、シートを被せられて、テント構造の巨大な屋根が架かります。標高三千八百メートルの空気は、日本の三分の二の薄さ。到着当初は数メートル歩いただけで息を切らせ、寒さに凍えていた私たちでしたが、作業が進むに連れ、シャツ一枚で作業を続けられるほどに体も順応していきました。
 作業完遂の見通しもついてきた平成十四年末、拠点に備蓄されている木材などを使って小さな御社を手作りし、南極での日々を見護り続けて下さった御分霊を納めました。インマルサット衛星電話にて穂高神社社務所へご相談の上、新掘削作業場の東側雪壁を掘り抜いて高棚を備え、奉祀いたしました。そして竣工の日、幸い大きな事故にも見舞われず、隊員たちの固い結束でここまで至り得たことへの感謝を込めて全員で御参りし、また今後五年間にわたって継続される研究活動の成功とそれに携わるすべての観測隊員の無事を御見護り下さるよう、絵馬を納めて祈念いたしました。
 後任の隊に全てを託し、任務を完了した私たちは平成十五年三月に無事の帰国を果たしました。去夏には、御礼参りに参詣した穂高神社にて、丸二年ぶりに上條神職さんとの再会も叶いました。
 穂高見命御分霊は現在も、地球の最果て、オーロラに彩られる雪と氷の大地で、太古の地球環境の謎に挑み続ける男達を御見護り続けて下さっておりますことを、心よりの感謝を込めてご報告申し上げます。

にぎわった「まつりの杜」
奉納ステージ

 本年の例祭より、奉納相撲にかわり「まつりの杜ステージ」と称して、町内の芸能サークルをはじめ氏子の皆様の手によるイベントステージが二十六日、二十七日両日にわたって開催されました。
 このステージは祭が神社だけのものでなく、氏子の皆様一体となってご神前を賑わせて頂けたらと企画されました。今回は初めてということもありましたが、各個人、各団体日頃の成果の発表の場ということもあり、熱演熱唱を頂きまして境内を盛大に盛り立てて下さいました。参加者の皆様にはこの場をお借りして御礼申し上げます。来年度も開催を予定しておりますので、更に多くの皆様のご参加をお待ちしております。

注連縄

ご存知お方も多いかと思いますが、本年の例祭日に注連縄の張られていたことにお気づきになられましたか?
 中連縄とは、注連縄が張られた区域はすがすがしく清められた聖域であることを表し、町内が祭りをするのにふさわしい場所であることを示すものです。しかし、穂高町ではこの風習がなく今年から神社周辺より徐々にはじめていくこととなりました。一部の氏子の皆様にはご迷惑をおかけ致しましたが、多くの方にご賛同頂きました。
 神社としましてはいずれ全町内に注連縄を張る計画をしておりますが、氏子の皆様の協力なくしては実現できるものではありません。来年度も何卒ご理解頂き、ご協力されたくお願い致します。

再来社・・・・「サイコ・ル・シェイム」

 人気ロックバンド「サイコ・ル・シェイム」が来年の節分祭に再び来社することとなりました。
 社長の阪上様、バンドの皆さんも楽しみにされているということです。当日は、今年同様混雑が予想されますが、大変な熱気で寒さ吹き飛ぶことうけあいです。ご家族そろってお越し下さい。

新人職員紹介
遠藤美和子

 八月より、穂高神社で御奉仕させて頂いております。姉・綾子もこの穂高神社で奉職させて頂きまして、小平宮司さんをはじめ、職員の方々や氏子総代の方々には姉と同様に温かく迎えて頂き、大変有り難く感じております。
 穂高神社には、幼いころの御遷宮の思い出があります。表情豊かな人形が何体も飾られ、壮大な素晴らしい御遷宮でした。次回の御遷宮では、穂高神社の巫女として、是非御奉仕させて頂きたいと思っております。
 広々とした穂高神社には、御本殿、若宮の他に銅像、レリーフ、歌碑など、多くの碑が建てられております。なかなかゆっくりと参拝させていただく機会がありませんで、碑の存在を知ることがありませんでした。どの様な碑か、興味を持って日々勉強させて頂いております。一日も早く仕事に慣れ、先輩方のように参拝者に笑顔で親切な穂高神社の案内が出来るよう努めて参ります。
 皆様方にはご迷惑おかけすることが多々あると思いますが、皆様方のご指導のもと、努力していきたいと思います。今後とも宜しくお願い致します。

おまつりのご案内

月旦祭 毎月一日午前十時斎行
月次祭 毎月二十七日午前十時斎行
月の始め、また、例祭に縁ある日に氏子、崇敬者の家内安全、交通安全、事業繁栄等を狼様の大前に祈願致しております。
 毎月一日、二十七日のこの祭に氏子の皆様多数御参列下さい。

○ 師走大祓式
十二月三十一日午後三時斎行
夏越大祓式から半年が過ぎ、この間におこる罪やけがれ(あやまち・災難)を人形に託してお祓いし、清浄なる心・体にて新年を迎える儀式です。

○ 信州交通安全祈願大祭
一月一日より八日
午前九時から午後四時半
年頭にあたり、参拝者の皆様方の一年間の交通安全、家内安全、事業繁栄等を祈願致します。

○ 厄除・八方除特別祈禱祭
一月十日より十二日
午前九時から午後四時半
本年の厄年または八方塞がりの年回りに当たる方々を金幣祓いにてお祓いし、一年間の平穏無事をお祈りいたします。

厄除・八方除の特別祈禱祭は1月10、11,12日に斎行致します。
平成16年、厄年、八方ふさがりを迎えた方は、お祓いを受けましょう。詳しくはこちら→

○ 三九郎(どんど焼き)
一月十二日 午後三時頃点火
松の内があけ、飾り終えた門松、注連縄を持ちより、清浄な火でたきあげます。この行事一年の始めにあたり、祓い清めて暖かい春の到来と今年の五穀豊穣・無病息災を祈る行事です。

○ 節分祭・竈神祭
二月三日 午後三時半斎行
節分祭は暦の上で大寒が明け立春に先だって、一陽来福を祈り「あしき鬼」を追い祓う行事です。また境内では、年男年女が豆をまき、併せて景品付福豆もまかれ大勢の参拝者で賑わいます。

年男年女の豆まき参加者募集
参加費 金三,〇〇〇円

竈神祭は生活をしてゆく上で最も大切な火に感謝し、火の災害が起こらないように、この火の恵を感じる節の替り目に火の神「竈(かまど)神(かみ)」をお祀り致します。祭典後に各家庭に神符幣束をお頒け致します。

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