神社だより

大好評の飾物
賑々しかった御遷宮

 今年の二月二一日の四至榊立神事よりはじまりました穂高神社式年遷宮祭が、六月二日をもちまして終わりを迎えました。五月一五日午後八時より、御本殿より三柱の神様を仮殿遷座祭。二十一日午後六時、修復と清掃を終えた御本殿をお祓いする清祓。二十二日午前三時より、御神体を松明篝火のほのかな明かりの中、元の御本殿へとお遷しする本殿遷座祭。二十三日午前十時からは、天皇陛下より賜った幣帛を奉る奉幣祭がそれぞれ滞りなく斎行されました。
 奉祝行事であります穂高人形飾物も今回は小遷宮ということでしたが、人形師の皆様の御尽力によりまして金太郎・桃太郎・などの童話をはじめ、神話・天に恵まれ、土・日に限らず平日も大変で大勢の参拝客・観光客が訪れ、会場を賑わして頂きました。この式年遷宮を無事終えることができましたのも、ひとえに氏子崇敬者の皆様方の御理解と御協力の賜であり、深く感謝致しますとともに、穂高の大神様の新たな御神威のもと、皆様の弥栄と御繁栄を御祈念申し上げます。誠にありがとうございました。

御神刀の奉納

上原古墳より昭和五年に出土し、現在社宝として資料館に展示されています直刀が御遷宮記念として復元されました。これは常日頃より当神社を篤崇敬されております芸能プロダクション社長坂上正敏氏より奉納いただきました。
 六世紀後半に造られたという直刀は完全にさびて朽ち果てておりますが、刀工宮入小左衛門行平先生の手によって、鍛えられた御神刀は造剣当時の力強く、そして神々しい姿に甦りました。
 また、宮入先生御本人からも漆塗りの鞘に納まった小型の刀子を一口奉納頂きました。
 この二口の御神刀も発掘された直刀とともに、永く神社の宝として受け継がれてゆくでしょう。

除幕

 5月24日、神社南神苑の池畔にて歌碑の穂高神社賛歌除幕式が執り行われまして。この歌碑はテノール歌手で活躍中の鈴木哲也先生が穂高神社の御神徳を称え、数年前に歌を奉納頂きましたが、今回遷宮事業の一つとして建立することとなりました。碑石は萩原末芳様より寄贈頂き、揮毫は西川秋象先生、施工を本多石材様にお願い致しました。当日は除幕の他に神楽殿にて鈴木先生の歌声に思わず足を止め耳をすましておりました。

奉納手筒花火

先日8月15日穂高霊社において御霊祭が斉行されました。この祭りは毎年終戦記念日に合わせて執り行われます。慰霊祭終了後には恒例となり今年で18回を数える。遠州三ヶ日よりの花火師による手筒花火が奉納されました。本年の花火師の人数は6名といつもより少なかったのですが、見物に五百名以上お集まり頂き盛大に催されました。この「佳霊龍昇」と名付けられた手筒花火は、約30センチから80センチまであり、大小40発程奉納されました。最初は大きな火柱の如く吹き上がり、しばらくの後大きな爆音とともに終わりを迎えるとても勇壮な花火です。この奉納花火をご覧頂くと同時に尊い犠牲があったということを思い出し、先人達を忍んで頂ければ幸いです。
例祭日の由来

穂高神社の例祭がなぜ9月27日なのかご存じですか。これは阿曇比羅夫命の命日に由来しています。
 天智元年(662)天智天皇の命を受け、大将軍として軍船百七拾艘を率いて百済の王子豊璋を百済へ護送、王位に即かせ、翌天智二年新羅と唐の連合軍と戦いますが、白村江(朝鮮半島の錦江)で8月27日に先史しました。(日本書紀)
 明治初期までは8月27日が例祭でしたが、その後は新暦の9月27日となって今日に至っています。

神社の銘水

以前より安曇の名水の一つに挙げられていた、神社境内にあります手水舎の水質を今回長野県薬剤師検査センターに依頼しましたところ、飲料水としてはまさに名水と呼ぶにふさわしい、おいしくとてもよい水との結果が前回と同様に出ました。御参拝の折りには是非この霊水を口にされてみてはいかがでしょうか。

新入職員紹介

中村真岳 20歳 松本市出身
4月1日よりこの穂高神社で出仕としてご奉仕させていただいております。神社に入って、分からないことが多々あり、先輩方に御迷惑をおかけしておりますが、一生懸命に先輩方を見習い努力して参りたいと思います。
 また、今年は御遷宮ということもあり忙しい年でしたが、7年に1度という御遷宮に御奉仕することができ大変光栄なことであります。まだまだ未熟で皆様には助けて頂くことばかりですが、「奉仕」の心を忘れずに御奉仕していきたいと思います。今後とも御指導、御鞭撻の程宜しく御願い致します。

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