境内の案内図

◎境内樹木説明
名称:孝養杉
樹齢:500年は越えてえている
樹木の種類:杉 
穂高神社境内の神楽殿の横に、ひときわ目を引く杉の大木がある。名前は「孝養杉」という。
樹齢は500年は越えている。しかし伝承など詳しい事は伝わっていない。また乾燥した地盤のために比較的大きくならず、頭の上の方は枯れ始めている。
 名前の由来としては、穂高柏原在住の高木康江(すみえ)さんというご高齢の方が、大正10年辺りの10代の頃に、母親の病気平癒祈願のため、丑三つ時に白装束でお参りをされていた。
 その事がいつしか氏子の人たちから噂になり、いつの頃からかは定かではないが、人々から孝養杉と呼ばれるようになった。 穂高神社の資料館の御船会館にある、昭和初期に書かれた御船祭りの絵の中には、その年代でも大きな杉の絵が描かれている。


高さ:20m 
目通りの周囲:4.5m
 

名称:穂高神社若宮西の欅
樹齢:500年は越えている 
平成10・11・25:安曇野市指定文化財 樹木の種類:欅
穂高神社の境内神楽殿の北側、末社の祠が立ち並ぶ若宮 の西側に大きな欅の木がある。樹齢は500年を悠に越えていると推測される程の老木で、この欅は昭和45年5月に文壇・画壇の巨匠川端康成、井上靖、東山魁夷がそれぞれ夫婦お揃いで参拝された際、その若葉繁る欅の木を仰ぎ見て絶賛した木である。
 又、昭和46年7月「けやきの木」という題で井上靖が小説を著し、他七編を加えて出版している。
 この小説の中で穂高神社の欅の木として登場している巨木は、主人公が欅の木にこだわった随筆を新聞に載せた事から、けやきという木に身も心も捧げているという老人が以前夢の中で穂高神社の欅の精から若葉が繁ったその姿を 見に来る様にと招待を受けた事がきっかけで一緒に東京から穂高の地へ行きその欅を見せてもらう事になる。実際に行ってみると緑の若葉が傘のように大きく広がった誠に見事な欅であった・・・。
 という非常に神秘的な表現の中で穂高神社の欅を表現している。

目通りの周囲4.2m
高さ18m
枝の広がり20m
 
名称:白松
樹齢:昭和6年より 現在樹齢73年 
樹木の種類:松
 穂高神社の中庭には白松という珍しい木が生えている。
 昭和37年4月天長の佳辰に当たり、本神社より恒例の山葵を献上の際、庭内の松枝を下敷きとして添えたところ、図らずも陛下の御目にとまり、再三陛下下問の末「これは白松である」との御教示を賜ったこの上ないおめでたい松である。
 この松の特徴は葉と幹にあって、葉は三針、幹は虎皮松の別名のごとく茶褐色と緑色の斑点を表して居るが、中国では防寒のために白色を呈する。
 由来は、かつて中国の旅順の粛忠王に永く仕えた後、満州国の溥儀皇帝に内務官として近侍した、穂高出身の小平総治氏が、中国紫禁城より種子を昭和6年に持ち帰った。そしてその種子を彼の知人たちに 頒ち、大切に育てる様に伝えておいたところ、望月喜代美氏のものが唯一発芽成長し、これが現在の白松となる。
 その白松が穂高神社にある由縁は、昭和15年11月皇紀2600年を奉祝し穂高神社が国幣小社に列格したことを祝い望月氏が献木した。
 また、昭和37年4月陛下の御教示を賜った事を記念し、荘厳なる琵琶歌も奉奏された。この歌は作詞に当時掌典職であった矢尾板敦氏、作曲は薩摩琵琶の宗家吉水錦翁氏によって演奏された。

目通りの周囲 1.5m
高さ 10m
 

名称:穂高神社大門のケヤキ
樹齢:500年は越えている
昭和45・9・5 旧穂高町指定文化財 樹木の種類:欅
穂高神社の表参道名称大門通り(穂高神社創建以来、広い狭いは別としてその場所に参道があった。その昔は 杉の並木もあったそうだ。現在は旧穂高町の台帳の記載には町道一級二号線とある。)は古くからの並木で役場入口の大欅は樹齢500年とも云われている。

 古くは江戸時代の東大祝文書(ひがしおおほうりもんじょ)(穂高氏所蔵)の一節に、欅が生えている土手の所で参拝者が、欅の木陰を利用して涼んだ。と記載されている。

高さ8m
目通りの周囲 6m