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穂高神社について
御由緒 ご祭神 境内図

御由緒

御由来

穂高見命を御祭神に仰ぐ穂高神社は、信州の中心ともいうべき 安曇野市穂高にあります。そして奥宮は穂高連峰の麓の上高地に祀られており、嶺宮は北アルプスの主峰奥穂高岳に祀られています。穂高見命は海神(わたつみ)族の祖神(おやがみ)であり、その後裔(こうえい)安曇族はもと北九州方面に栄え主として海運を司り、早くより大陸方面と交流し文化の高い氏族であったようです。醍醐天皇の延長五年(西暦九二七年)に選定された延喜式神名帳には名神大社に列せられ古くより信濃における大社として朝廷の崇敬篤く、殖産興業の神と崇められ信濃の国の開発に大功を樹てたと伝えられています。
また当社は三殿あるご本殿一殿を二十年毎造り替える式年遷宮祭を五百年以上のかなり前より齋行しております。
古くより日本アルプスの総鎮守、交通安全、産業安全の守り神として広く信仰され、近年では初宮詣、厄除、八方除など個人の幸せを祈る人があとを絶ちません。

御祭神

系図

本宮

・中殿:穂高見命(ほたかのみこと)
・左殿:綿津見命(わたつみのみこと)
・右殿:瓊瓊杵命(ににぎのみこと)
・別宮:天照大御命(あまてらすおおみみこと)
・若宮:安曇連比羅夫命(あづみのむらじひらふのみこと)
・相殿:信濃中将(御伽草子のものぐさ太郎)

上高地奥宮

奥宮
明神池の畔に鎮まる穂高神社奥宮。御祭神は穂高見命で、日本アルプスの総鎮守、海陸交通守護の神です、嶺宮は北アルプスの主峰、奥穂高岳の頂上に祀られています。
残雪を抱く北アルプスは明神岳の麓、静寂が一層の神秘さを増す穂高神社奥宮。明神池は穂高の山に天降った神様より恵み給うた清水をたたえ、その水は安曇野を潤す梓川に注がれます。
上高地

境内図

境内図

境内樹木説明

孝養杉

孝養杉

樹齢:500年は越えている
樹木の種類:杉 

穂高神社境内の神楽殿の横に、ひときわ目を引く杉の大木がある。名前は「孝養杉」という。 樹齢は500年は越えている。しかし伝承など詳しい事は伝わっていない。また乾燥した地盤のために比較的大きくならず、頭の上の方は枯れ始めている。  名前の由来としては、穂高柏原在住の高木康江(すみえ)さんが大正10年辺りの10代の頃に、母親の病気平癒祈願のため、丑三つ時に白装束でお参りをされて、母親の病気が良くなったといったことがいつしか氏子の人たちから噂になり、いつの頃からかは定かではないが、人々から「孝養杉」と呼ばれるようになった。穂高神社の資料館の御船会館にある、昭和初期に書かれた御船祭りの絵の中には、その年代でも大きな杉の絵が描かれている。

孝養杉
地元では親孝行の思いがこめられた木と大切にされています。 近年ではパワースポット、良い波動を持っている場所として崇められています。

穂高神社若宮西のケヤキ

若宮西のケヤキ
樹齢:500年は越えている
平成20年10月29日:安曇野市指定文化財
樹木の種類:欅
目通りの周囲:4.2m
高さ:18m
枝の広がり:20m

若宮西のケヤキ穂高神社の境内神楽殿の北側、末社の祠が立ち並ぶ若宮の西側に大きな欅の木がある。樹齢は500年を悠に越えていると推測される程の老木で、この欅は昭和45年5月に文壇・画壇の巨匠川端康成、井上靖、東山魁夷がそれぞれ夫婦お揃いで参拝された際、その若葉繁る欅の木を仰ぎ見て絶賛した木である。又、昭和46年7月「けやきの木」という題で井上靖が小説を著し、他七編を加えて出版している。この小説の中で穂高神社の欅の木として登場している巨木は、主人公が欅の木にこだわった随筆を新聞に載せた事から、けやきという木に身も心も捧げているという老人が以前夢の中で穂高神社の欅の精から若葉が繁ったその姿を見に来る様にと招待を受けた事がきっかけで一緒に東京から穂高の地へ行きその欅を見せてもらう事になる。実際に行ってみると緑の若葉が傘のように大きく広がった誠に見事な欅であった・・・。という非常に神秘的な表現の中で穂高神社の欅を表現している。

白松

白松
樹齢:昭和6年(1931年)より 現在樹齢79年
樹木の種類:松

白松穂高神社の中庭には白松という珍しい木が生えている。昭和37年4月天長の佳辰に当たり、本神社より恒例の山葵を献上の際、庭内の松枝を下敷きとして添えたところ、図らずも陛下の御目にとまり、再三陛下下問の末「これは白松である」との御教示を賜ったこの上ないおめでたい松である。この松の特徴は葉と幹にあって、葉は三針、幹は虎皮松の別名のごとく茶褐色と緑色の斑点を表して居るが、中国では防寒のために白色を呈する。由来は、かつて中国の旅順の清朝皇族八大世の一、第十代 1886年 粛しゅく親王に永く仕えた後、満州国の溥儀皇帝に内務官として近侍した、穂高出身の小平総治氏が、中国紫禁城より種子を昭和6年に持ち帰った。そしてその種子を彼の知人たちに頒ち、大切に育てる様に伝えておいたところ、望月喜代美氏のものが唯一発芽成長し、これが現在の白松となる。その白松が穂高神社にある由縁は、昭和15年11月皇紀2,600年を奉祝し穂高神社が国幣小社に列格したことを祝い望月氏が献木した。また、昭和37年4月陛下の御教示を賜った事を記念し、荘厳なる琵琶歌も奉奏された。この歌は作詞に当時掌典職であった矢尾板敦氏、作曲は薩摩琵琶の宗家吉水錦翁氏によって演奏された。

穂高神社大門のケヤキ

大門のケヤキ

樹齢:500年は越えている
平成20年10月29日安曇野市指定文化財
樹木の種類:欅
高さ:8m   目通りの周囲:6m

大門のケヤキ穂高神社の表参道名称大門通り(穂高神社創建以来、広い狭いは別としてその場所に参道があった。その昔は 杉の並木もあったそうだ。現在は旧穂高町の台帳の記載には町道一級二号線とある。)は古くからの並木で役場入口の大欅は樹齢500年とも云われている。 古くは江戸時代の東大祝文書(ひがしおおほうりもんじょ)(穂高氏所蔵)の一節に、欅が生えている土手の所で参拝者が、欅の木陰を利用して涼んだ。と記載されている。